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2009年2月

2009年2月27日 (金)

今週のこけ巻き

Photo
「平常心」で巻かれた、
今週のこけ巻きの皆さん。



Photo_2

一番の愛想よし。





Photo_3



ニヒル。





今回、黄色の部分は菊の甘酢漬けをしぼったものと、
芹のみじん切りを混ぜ込みました。

先週「輪郭線をはっきり!」と気合を入れた結果、
やくざ巻きになってしまったので、今回、それを意識するのをやめました。
こけしの魅力は愛嬌とちょいと間抜けな表情。
その雰囲気を巻き寿司化するのが、こけし巻きの目的。
絵画で言うなら、印象派です。
モネです。マネです。バルビゾンです。
光を描くのです。
顔かたちの細部を再現することにごだわっていては、
通り越してキュビズムになってしまう。
一つ真理に近づいたような気がします。

と、思っていたのですが、
これを見せた友人に「こけしから遠ざかっているのでは?」という指摘を受けました。
さらに別の方からは「もんちっち巻きかと思いました。」
「新キャラ登場って感じ。」
「こけし巻きちゃんマン。」
・・・どうやら私、自分を客観視できなくなっているようです。

これは「印象派」などと調子に乗っている場合ではございません。
もっとこけしと向き合わねば。

Photo_4










それから、いつもなら途中で巻き簾ごと持ち上げて、
顔のパーツを積んでいくのですが、
今回、うっかりしていて、そのままの状態で積んでしまいました。
ですから、少々目鼻立ちがアンバランスです。
ヒヤリハット。

というわけで、今回の反省点。
①こけしと向き合う。
②ヒヤリハットに注意。

以上を踏まえて、来週もう一度トライしたいと思います。

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2009年2月23日 (月)

壁と卵

先日の村上春樹エルサレム賞受賞ニュース。

村上さんの小説は数冊読んでいる程度で、
ファンと言えるほどではないですし、
ウチにはテレビがなく、新聞も読まないので、
この方がイスラエルでどういうスピーチをしたか、
なんてまったく知らなかったのですが、
ひょんなことから、学生時代の友人(熱烈な村上ファン)に教えてもらいました。
今後、自分と違う立場の人、違う意見の人と話す度に、
この素晴らしいスピーチを思い出すだろうな、
ああ、私、しっかり生きなきゃ、と思いました。

それから今日、以前お世話になっていた職場の方から、
安産祈願とお手紙をいただきました。
「赤ちゃんがいっぱいで嬉しいですね。いい世の中にしなくては・・・ね!」
で結ばれたお手紙。
そうだ。いい世の中にしなくては。
私にできることって、何かしら。私にできること。できること・・・。
と、今日の午後は珍しく内省的に。
そんな時にふと、またこのスピーチを思い出し、
楽しいこと、素敵なこと、心躍ることについて考えること、
それを色んな人たちと共有すること、輪を広げていくことが、
私にできること、かな?と思ったのです。
そのためには、日々精進なのです。
精進することでまた、見えてくるものがあると思うのです。
うん。しっかり生きよう、私。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

村上春樹エルサレム賞受賞スピーチ(友人の日記より転載)


こんばんは。
わたしは今日、小説家として、
つまり嘘を紡ぐプロという立場でエルサレムに来ました。
 

もちろん、小説家だけが嘘をつくわけではありません。
よく知られているように政治家も嘘をつきます。
車のセールスマン、肉屋、大工のように、
外交官や軍幹部らもそれぞれがそれぞれの嘘をつきます。
しかし、小説家の嘘は他の人たちの嘘とは違います。
小説家が嘘を言っても非道徳的と批判されることはありません。
それどころか、その嘘が大きければ大きいほど、うまい嘘であればいっそう、
一般市民や批評家からの称賛が大きくなります。
なぜ、そうなのでしょうか?

それに対する私の答えはこうです。
すなわち、上手な嘘をつく、いってみれば、
作り話を現実にすることによって、小説家は真実を暴き、
新たな光でそれを照らすことができるのです。
多くの場合、真実の本来の姿を把握し、
正確に表現することは事実上不可能です。
だからこそ、私たちは真実を隠れた場所からおびき出し、
架空の場所へと運び、小説の形に置き換えるのです。
しかしながら、これを成功させるには、
私たちの中のどこに真実が存在するのかを明確にしなければなりません。
このことは、よい嘘をでっち上げるのに必要な資質なのです。

そうは言いながらも、今日は嘘をつくつもりはありません。
できる限り正直になります。
嘘をつかない日は年にほんのわずかしかないのですが、
今日がちょうどその日に当たったようです。

真実をお話しします。
日本で、かなりの数の人たちから、
エルサレム賞授賞式に出席しないように、と言われました。
出席すれば、私の本の不買運動(ボイコット)を起こすと警告する人さえいました。
これはもちろん、ガザ地区での激しい戦闘のためでした。
国連の報告では、封鎖されたガザ市で1000人以上が命を落とし、
彼らの大部分は非武装の市民、つまり子どもやお年寄りであったとのことです。

受賞の知らせを受けた後、私は何度も自問自答しました。
このような時期にイスラエルへ来て、文学賞を受けることが果たして正しい行為なのか、授賞式に出席することが戦闘している一方だけを支持しているという印象を与えないか、圧倒的な軍事力の行使を行った国家の政策を是認することにならないか、と。
私はもちろん、このような印象を与えたくありません。
私は戦争に反対ですし、どの国家も支持しません。
もちろん、私の本がボイコットされるのも見たくはありません。

しかしながら、慎重に考慮した結果、最終的に出席の判断をしました。
この判断の理由の一つは、
実に多くの人が行かないようにと私にアドバイスをしたことです。
おそらく、他の多くの小説家と同じように、
私は人に言われたことと正反対のことをする傾向があるのです。
「行ってはいけない」「そんなことはやめなさい」と言われると、
特に「警告」を受けると、そこに行きたくなるし、やってみたくなるのです。
これは小説家としての私の「気質」かもしれません。
小説家は特別な集団なのです。
私たちは自分自身の目で見たことや、
自分の手で触れたことしかすんなりとは信じないのです。

というわけで、私はここにやって参りました。
遠く離れているより、ここに来ることを選びました。
自分自身を見つめないことより、見つめることを選びました。
皆さんに何も話さないより、話すことを選んだのです。

ここで、非常に個人的なメッセージをお話しすることをお許しください。
それは小説を書いているときにいつも心に留めていることなのです。
紙に書いて壁に貼ろうとまで思ったことはないのですが、
私の心の壁に刻まれているものなのです。それはこういうことです。

「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、
私は常に卵側に立つ」ということです。

そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、
私は卵サイドに立ちます。
他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。
おそらく時や歴史というものが。
しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、
その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?

この暗喩が何を意味するのでしょうか?
いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。
爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。
これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。
これがこの暗喩の一つの解釈です。

 
しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。
こう考えてください。
私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。
私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った
個性的でかけがえのない心を持っているのです。
わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。
そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。
その壁の名前は「システム」です。
「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、
時に自己増殖し、私たちを殺し、
さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。

私が小説を書く目的はただ一つです。
個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。
小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、
傷つけられることを防ぐために、
「システム」に対する警戒警報を鳴らし、
注意を向けさせることです。
私は、生死を扱った物語、愛の物語、
人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、
個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています。
というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。

私の父は昨年、90歳で亡くなりました。
父は元教師で、時折、僧侶をしていました。
京都の大学院生だったとき、徴兵され、中国の戦場に送られました。
戦後に生まれた私は、
父が朝食前に毎日、長く深いお経を上げているのを見るのが日常でした。
ある時、私は父になぜそういったことをするのかを尋ねました。
父の答えは、戦場に散った人たちのために祈っているとのことでした。
父は、敵であろうが味方であろうが区別なく、
「すべて」の戦死者のために祈っているとのことでした。
父が仏壇の前で正座している輝くような後ろ姿を見たとき、
父の周りに死の影を感じたような気がしました。

 
父は亡くなりました。
父は私が決して知り得ない記憶も一緒に持っていってしまいました。
しかし、父の周辺に潜んでいた死という存在が記憶に残っています。
以上のことは父のことでわずかにお話しできることですが、最も重要なことの一つです。

今日、皆さんにお話ししたいことは一つだけです。
私たちは、国籍、人種を超越した人間であり、個々の存在なのです。
「システム」と言われる堅固な壁に直面している壊れやすい卵なのです。
どこからみても、勝ち目はみえてきません。
壁はあまりに高く、強固で、冷たい存在です。
もし、私たちに勝利への希望がみえることがあるとしたら、
私たち自身や他者の独自性やかけがえのなさを、
さらに魂を互いに交わらせることで得ることのできる温かみを
強く信じることから生じるものでなければならないでしょう。

 
このことを考えてみてください。
私たちは皆、実際の、生きた精神を持っているのです。
「システム」はそういったものではありません。
「システム」がわれわれを食い物にすることを許してはいけません。
「システム」に自己増殖を許してはなりません。
「システム」が私たちをつくったのではなく、私たちが「システム」をつくったのです。
これが、私がお話ししたいすべてです。

 
「エルサレム賞」、本当にありがとうございました。
私の本が世界の多くの国々で読まれていることはとてもうれしいことです。
イスラエルの読者の方々にお礼申し上げます。
私がここに来たもっとも大きな理由は皆さんの存在です。
私たちが何か意義のあることを共有できたらと願っています。
今日、ここでお話しする機会を与えてくださったことに感謝します。
ありがとうございました

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2009年2月18日 (水)

雨水

今日は雨水。
暦便覧には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」
と記されています。
静かな春の訪れを感じさせる二十四節気の一つです。

ちなみに、お雛様は雨水の日に出すと良いのだとか。
人型に切った紙を川に流す祓い神事「流し雛」が、
雛祭の起源だったそうですから、
川にはった氷が溶ける雨水の日と、
結び付けられたのかもしれません。


Photo_2 そんなわけで、ウチのお雛様。
大分の土鈴雛です。
振ると「からころ」と鈴の音がします。
光原社の「雛の会」でもとめたもの。
モダンな色使いと、やさしい顔立ちが、
気に入っています。
ハコベやフスマ、庭の日当たりの良い場所に顔を出していた、
春の野の花と一緒に飾りました。

とは言っても、今朝の仙台は小雪がちらちら舞うほどの冷え込み。
しかし、ガラス越しの日差しは、随分暖かくなってきたように感じます。

Toriko
寒さのせいか、しばらく水浴びをしていなかった文鳥のトリコ。
今朝は豪快に水浴びしていました。
やはり動物は敏感ですね。


Photo_3
せっかくですから、お雛様の前でお茶を一杯。
去年の春摘みの梨山烏龍茶。
鼻をくすぐる柔らかな香り。
じんわりと舌に染み込んでいくお茶の甘み。
飲んでいる内に足がぽかぽかしてくる
不思議なお茶です。

あ、お雛様を飾っていますが、
赤子の性別が女の子、というわけではありません。
性別はまだ分からないのです。
どっちでもいいです。
生まれるまで分からなくてもいいかなー、とも思っています。
お雛様は、あくまでも自分用なのですよ。
ふふふ。

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2009年2月17日 (火)

こけし巻き寿司改めやくざ巻き寿司

毎週月曜日はこけし巻き寿司の自主練。
本来なら第二弾をご紹介できるはずでした。

しかし・・・ご覧下さい。

Kokesi

Photo ・・・こういう顔のやくざ見たことあるなぁ。







まな板の上に、柄の悪い人たち大集合。
全員「あぁっん!?」って言いそう。

このような事態になった原因は一つ。
邪念が入ったからです。

昨日の朝、車でぴゅっと買い物に行きたかった私は、
旦那さんが起きるのを待っていました。
旦那さんが乗って帰ってきた職場の車を動かしてもらわなければ、
ウチの車が出せなかったのです。
しかし、なかなか夢から覚めない旦那さん。
睡眠中は、何をしても起きないのです、この人。
徐々に募るいらいら。
こけ巻きに使う卵を買いに行きたいのに。
このままだとお昼になってしまう・・・。
そして思わず「おそいんだよ!」とシャウトしているところを、
義母と義妹さんに目撃されるという大失態をやらかしました。
ふふふ・・・。私のばか・・・。


買い物は歩いて行きました。
そんないらいらぶりが反映されたせいか、
出来上がったこけし巻き寿司は、全部顔が歪んでました。
まな板の上から威嚇。
とほほ。

この人たちは、みっちり今日の旦那さんのお弁当につめました。
じっくり味わえばいいと思います。
かろうじて「足を洗った人」に見えるやくざ巻きは、
今日約束していたお友達にさしあげました。
Nさん、本当にお目汚しでごめんなさい。
ま、食卓で笑いのタネになれば、いくらか救われる気がします。

邪念以外にも反省点がいくつかありまして。
・輪郭線を強調するためにかんぴょうを使いすぎた。
・卵焼きの水分量が多い。
・口元の色合いが弱い。
・全体的に押しすぎ(←これは主に邪念のせいかと。)。

以上を踏まえて来週もう一度トライ。
次回は平常心で巻きたいものです。

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2009年2月13日 (金)

猫空二月茶会報告

今日は地域生活支援センターてれんこにて、
久しぶりの猫空茶会でした。

Photo 猫空茶会、初の和室での開催。
前々から畳に座ってゆる~い雰囲気のお茶会を開きたかったのですが、
ひょんなことから実現いたしました。








Photo_2 一つ目のお茶は、文山包種冬茶。
清々しい香りの文山包種茶。
中でも12月上旬に摘まれる冬茶は、
私の一番のお気に入りです。
冬の冷たい空気に触れて、
じんわり甘みを増した新芽だけで作られたお茶。
お湯を注ぐと、まるでついさっき摘まれたばかりのような、
鮮やかな緑色をした茶葉が、ゆっくり蓋椀の中に広がります。

Photo_3 こちらは八宝茶です。
緑茶をベースにすることが多いのですが、
今回は体を温める作用のある鉄観音をベースに、
様々な乾物を入れました。
菊花、クコの実、松の実、胡桃、棗、金針菜、氷砂糖。
それぞれ鎮静作用や目の疲れを取る、といった効能があり、
心も体もほっと緩むようなブレンドにしました。

Photo_4 お菓子は、白花豆のきんとんと、金柑の甘煮、さんざし。
金柑の風味付けには「千花ハニー」という
日本蜜蜂が集めた蜂蜜を使いました。
以前、enさんで購入したものです。
日本古来の花の蜜しか集めない繊細な日本蜜蜂。
その生涯で集められる蜜は小さじ半分にも満たないのだとか。
渋みや酸味のある果物との相性が、特に良いように感じます。
ちなみにウチではよく、この蜂蜜を使って、八朔のマリネを作ります。

想像以上に皆さんの話題が豊富で、
大変にぎやかなお茶会になりました。
久しぶりだったので、少々緊張していたのですが、
開始後30分には、すっかりこちらの気も緩み切っておりました。
参加者の皆様、またてれんこ職員の皆様、
楽しいひと時をありがとうございました。

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2009年2月10日 (火)

りんご酵母のパン

Photo 今日の朝ごはんです。
昨夜焼きあがったりんご酵母のパンと、
東方美人のミルクティー。
カルダモンをちょっぴり入れました。
バターも作っちゃいました。
うふふ。
シンプルだけど、ちょっと気合の入った朝ごはん。

本当は、火曜日にりんご酵母を仕込んで、
週末の朝ごはんをパンにしようとたくらんでいたのですが、
粉モノマスターの友人によれば、
「食べたい時に食べられないのが天然酵母パン」だそうです。
なるほど・・・。
というわけで、一日待ち、二日待ち、している間に、
週末が過ぎてしまいました。
酵母さんの様子をうかがって、
ようやくパン生地を仕込んだのが一昨日の夜。
思ったよりたくさん酵母液ができたので、
二種類の焼き方で焼いてみました。


Photo_2 こちらは「ストレート法」で焼いたもの。
酵母液を直接材料に混ぜ込み、
一日一次発酵、生地を整えて3時間二次発酵。
210℃のオーブンで15分焼きました。
生地はもっちり。
伸びに少しムラがありました。




Photo_3 こちらは「中種法」で焼いたもの。
酵母液に全粒粉を混ぜて一日半発酵させ、
中種を作ります。
それを材料に混ぜ込んで半日一次発酵。
生地をととのえて、4時間二次発酵。
230℃のオーブンで30分焼きました。
生地はふんわり。
対して皮はばりっとしていて、良い香りがしました。

どちらにしても言えることなんですが、
発酵の度合いを見極めるのが、なかなか難しいのですね。
パン種からぬかどこっぽい匂いがしてきた時は、
失敗かと思いました。
焼きあがって冷めてしまうと、気にならなくなりましたが、
少々発酵時間が長すぎたのかもしれません。

でも、酵母さんのがんばりと時間にまかせておけば、
何とかなってしまう自家製酵母パン。
気に入りました。
ドライイーストを使ってパンを焼こうとすると、
けっこう行程がせわしないので、
2時間ぐらいはパン焼きのために
時間を空けておかなければならないのですけれど、
自家製酵母なら、毎朝ヒーターの上の酵母さんの状態をチェック。
元気そうならパン生地に。
それから一日ぐらいほったらかし。
いい感じに生地が伸びていたら、焼く。
だめそうなら、もう少し待つ。
という具合で、一日の細切れの時間を有効に使えるような気がします。

ただ、酵母さんの状態によって、
出来上がりの日時が左右されてしまうが、ちょっと難点。
うーん、シャトルシェフで保温すれば、温度管理できるのですけれどねぇ。
そうすれば、毎週末の朝ごはんにパン!

しかし、何と言いますか、
こちらの思う通りに育ってくれないところが子どもに似てるというか。
まだ想像に過ぎないのですが、
子どもってきっとそういうものだろうな、と思うのです。
子育ての予行演習のつもりで、
しばらく酵母さんの気まぐれに付き合ってみるのも、悪くないかな、と思っています。

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2009年2月 9日 (月)

こけし巻き寿司

春の楽しい催しに参加するため、
今、絵巻き寿司を修行中。
やっぱり習いに行かなきゃ分からん!と思っていたところ、
なんと、カルチャーセンターで絵巻き寿司講習会が・・・。
どきどきしながら参加してきたのが10日前。
原色on原色のマダムの皆様に混じって、
ひたすら巻いてきました。
私、今着られる服が限られておりまして、
その講習会は、黒尽くめで行ってまいりました。
たまたま髪を切ったばかりで、
前髪が3cmほどしかなく、オウムの群れの中に、
カラスがぽつんと混じったようなもの。
相当浮いていたものと思われます。
でも気にしないのです。
とりあえず、笑顔はいつもの2割増しで振りまいておきました。
皆さん、私には話しかけにくそうだったので。

Photo

その講習会で作ったのがこちら。
梅巻き寿司です。
お花模様がたいへん可愛らしい一品。



しかし、私が巻きたいのはお花ではございません。

Photo_2

本日のモデルの皆さん。
左から作並系、鳴子系、津軽系。





Photo_3 「こけし巻き寿司」を作るため、
まずは展開図を作成。
材料は、海苔、寿司飯、梅干、さくらでんぷ、
かんぴょう、菊の甘酢漬け。



Photo_4

そしてできあがったのがこちら。
中には目尻が下がって、恵比須顔のこけしも。








Photo_5
本日一番の美人さん。
口元、目元が微笑んでいて、
ほっこりしております。






作ってみると、改善点がいくつか出てきました。
①顔のパーツの輪郭をもっとはっきりさせる。
→海苔の間にかんぴょうを挟んで、厚みを出す。
②梅海苔巻きで作った頭の模様をもっと濃くする。
→梅酢を寿司飯に混ぜ込んで、赤い寿司飯を作る。
③口元の印象が弱い。
→梅ではなく、紅しょうがを使う。
④色合いが寂しい。
→菊の甘酢漬けの量を増やす。

以上を踏まえて、来週もう一度チャレンジ。

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2009年2月 8日 (日)

石橋屋

Photo 今日のお茶は、石橋屋さんの駄菓子色々と、鉄観音。





Photo_2 お菓子のお皿にずいっと寄ります。
うっすら桃色は「梅子」。
その右隣が「千切り」。
その下が「輪南京」。
細長いのは「きなこねじり」。
その上が「兎玉」。




Photo_3そしてあまりの可愛さに食べられないもの。
串に刺してあるのが「だるま飴」。
写真じゃ分かりにくいですが、
葡萄と蜜柑をかたどった「果物菓子」。
そして「兎落雁」と書いて「めんこい」。
名前もお茶目です。



台湾でもお茶請けとして出てくるものは、
落花生やナツメの餡を練った素朴なものが多く、
かごやトレイに並んでいる中から、
好きなものを選べる茶芸館もあります。
噛み応えもあって、おなかにたまる駄菓子は、
台湾茶にもぴったりです。


仙台駄菓子で有名な石橋屋さん。
先日、初めて行きました。
たまたま河原町付近に用事がありまして、
めったに来ない場所なものですから、ぶらっと散策しておりますと、
何やら風情のある建物が・・・。

Photo_4 脇に用水路が流れ、枝垂れ桜が植わっています。

中に入るとそこはもう別世界で、時間が止まったよう。
薄暗い照明の下、ショーケースには素朴な仙台駄菓子の数々。
こういう駄菓子の色合い、私、大好きなのです。
降り積もる雪。
春先の湿った土。
ゆれる稲穂。

そんな自然の中にある色が微妙にトーンを変えて、
箱の中におさまっている姿を見ると、しみじみします。
存在は知っていたものの、
じっくり見るのは初めてだったので、
ショーケースにはりついたおりましたら、
お店の裏に、駄菓子の資料室があるとか。
せっかくですから、ご案内していただきました。

明治頃から戦前まで、
仙台の街で見られた飴売りの姿が、人形になって展示されていました。
今では想像もつかない飴の数々。
そして芸達者な飴売りの人々。
一部をご紹介。

Photo_5 吹き飴売りです。
瓢箪のような形をしたものが、どうやら飴らしく、
口で吹いて飴を伸ばしていくようです。
うーん、解説を読んでも仕組みがナゾでした。
「笛吹き」とも書いてありましたので、
飴も吹きつつ、笛も吹いていたのでしょうか。
器用ですね。

Photo_6 たすき飴売りです。
白いモノがぐるぐる伸びておりますが、
どうやらこれが飴で、切り売りしていたようです。
これは何となく想像が付きます。
箱から果てしなく飴が伸びてくる、というのは、
子供にとってはさぞ魅力的だったことでしょう。



Photo_7そして衝撃の出会い。
猫飴売り。
隣のたすき飴売りの旗が邪魔で、
よく見えませんが、「猫豆」と書かれた箱を背負っています。
猫豆?!猫豆って何?!
なぜか、彼には解説が付いておらず、
箱の中身が何なのか、まったく想像がつきません。


しかし、猫を屋号につけている猫空として、
このナゾ、解決せずにはおれませんでしたので、
お会計の時に、社長さんとおぼしき上品なご老人にうかがってみました。
「資料室にあった猫飴売りですが、どんな飴を売っていたのでしょうか。」
「ああ、あれはこの石橋屋が戦前、一番町にありました頃、
戦災で焼け出されましたねぇ・・・。」に始まり、
石橋屋さんの歴史、
職人技を伝えていくことの大切さ、
昨今の食料自給率低下によって良い材料を仕入れることが困難であること、
顔の見える商売をしていれば、偽装問題など起きるはずもないこと、
などなど、大変勉強になるお話を聞かせていただきました。
「それであの、猫飴売りなんですけど。」
「ああ、あれね、私は見たことないですね。うーん、豆だったんじゃないかな。
猫は売ってませんよ。」
ということでした。

・・・それならば、なぜ猫豆?
疑問は尽きませんでしたが、
これ以上、お邪魔するのも気が引けて、帰ってきてしまいました。
どなたかご存知の方があれば、ぜひご一報ください。

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2009年2月 2日 (月)

佐藤商店

私には、八百屋さんと魚屋さんと金物屋さんを見つけると、
用事がなくても入ってしまう習性があります。
妊娠して自転車に乗れなくなってしまったので、
最近、どこまでもてくてく歩いて行くのですが、
歩いていると、そんな個人商店がやたらと目に付くようになり、
ついつい寄り道してしまいます。

段ボールの切れ端に元気のいい字で「名取産曲がり葱 420円」と走り書き。
しかも、その曲がり葱が泥付きで、束で積み上げてあったりすると、
もー、たまりません。
魚屋さんで見たことのない魚と目が合うと、どきどき。
金物屋さんの奥で、ほこりの積もったブリキのちりとりを見つけると、にやにや。
そんな愛すべき個人商店。

そして先日、またまた素敵な八百屋さんを見つけました。
八幡の佐藤商店さんです。
ウチの近所にこんな八百屋さんがあったなんて。
県内産の野菜はもちろん、
フェアトレードの商品や、山形のえごま油、白石市の菜種油などなど、
ちょっと一味違う品揃えで、初めてお邪魔した時には、
棚の間を回遊魚のように行ったり来たり。
しかも2月から、岩出山のひとつぶ堂のパンを、
毎週火曜日に販売されるとうかがって、早速今日、行ってきました。

Photo_2 買ってきたパンたち。
カンパーニュ、プレーンベーグル、
お豆のリュスティック、マーマレードのリュスティック。
奥のガラス瓶は、佐藤商店さん自家製の無糖のりんごジャム。
これがまたさらっとしていて、
しっかり粉の味のするパンと合うのです。

Photo_3魚焼き網でベーグルをあぶり中・・・。
トースターを使うと、「焼く」というより
「乾燥させる」という感じになりますけど、
強火のガスでこうしてさっとあぶると、
ぱりっとしておいしいと思います。
こういう天然酵母の噛み応えのあるパンは特にそう感じます。

Photo_4 
今日のお茶は台湾の紅茶。
おやつはプレーンベーグルに無糖のりんごジャム。
あー、しあわせ。
ごちそうさまでした。

・・・ところで、二週間ほど前に、
梨木果歩さんの小説「沼地のある森を抜けて」を読んで、
すっかり触発されてしまい(ぬかどこや粘菌や酵母がわんさか出てくるお話なのです)、
天然酵母を育ててみよう!とやる気になったものの、
挫折しかけています。
あまりにも生地が発酵しなかったので、
シトラスブレッドのはずが、生地を引き伸ばして無理やりナンに・・・。

植物を育てるのが上手な人のことを「緑の指の持ち主」と呼びますが、
酵母を育てるのが上手な人のことを「酵母キャッチャー」と呼びます。
空気中に存在する酵母を捕まえて繁殖させる才能の持ち主。
酵母キャッチャー。私が勝手にそう呼んでいます。
今日、ひとつぶ堂さんのパンをいただいて、
酵母キャッチャーへの憧れが再燃。
前回は糖分の少ないはっさくで起こそうとしたのが間違いだったのかもしれません。
今回はりんごでチャレンジしてみようと思います。



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時計草の冬越し

Photo 左のしょんぼりした感じの植木鉢は、時計草です・・・。
別名「パッションフラワー」、キリストの受難を意味する花。
南米原産なのですが、先日、ウチの庭先で、
大雪に埋もれるという思わぬ災難に遭遇しました。
もともと、南米の照り返す太陽の下で、
エロティックな花を咲かせていたわけですから、
仙台で雪の下敷きになるなど、言語道断でしょう。
見ていると恨み節が聞こえてきそうな気がします。


気づいたのは、昨日。雪かきをしていたのです。
雪の下から顔を出している手のひらのような形の見覚えのある葉に、
何となく胸騒ぎがして、掘り返してみると、かちかちに凍った鉢が・・・。
本来なら秋頃には室内に取り込んでおかなければならなかったのですが、
忘れていたというか、いえ、覚えていたんですけど、
大丈夫のような気がしていたというか、とにかくうっかりしていたのですね。
夏には濃い緑色の葉が、日差しに照り返って、
そりゃもう生き生きしていたのですが、
今はすっかり雪に負けて、葉も散り散りに。

縁側に入れて、葉が落ちてしまった枝は、短く刈り込んで、
残っている葉に少しでも栄養が行くようにしてみたのですが、
それがまたしょぼくれた感じに拍車をかけて、一層哀れです。

何とか春まで持ちこたえてほしいものです。





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